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カンボジアの性風俗事情:2008年の法律で売春宿が消え、性の売買は「見えない場所」へ

執筆・監修:Dr.Taro(性感染症内科医)|2026年10月9日

アンコールワットで知られるカンボジアは、1990年代から2000年代にかけて、子どもの性的搾取や人身取引の問題で国際的に強い批判を受けてきました。その対策として2008年に制定されたのが、人身取引と性的搾取を取り締まる法律です。この法律のあと、首都プノンペンなどの売春宿の多くが摘発・閉鎖され、性の売買はカラオケ店やマッサージ店、ビアガーデンなど、見えにくい場所へと移っていきました。この記事では、カンボジアの制度と、その影響を、人権団体や国連の資料をもとに解説します。

2008年の法律の基本

2008年に制定された「人身取引と性的搾取の取り締まりに関する法律」は、主に次のような行為を処罰しています。

法律は売春を「不特定の人と、価値のあるものと引き換えに性交やその他の性的な接触をすること」と定義していますが、お金と引き換えに性的な行為をすること自体は、明確には犯罪とされていません。しかし、売春に関わるほとんどの行為が処罰の対象になるため、実質的には売春は禁止されている状態です。

法律の施行後に起きたこと

法律の施行後、警察は売春宿の一斉摘発を進め、多くの売春宿が閉鎖されました。国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは2010年の報告書で、摘発された女性たちが、行政の施設に収容され、そこで警察官や施設の職員から暴力や性的な虐待、恐喝を受けたという証言を数多く紹介し、カンボジア政府を強く批判しました。人身取引の被害者を「救出」するはずの取り締まりが、実際には売る人自身を傷つける結果になったのです。

見えない場所へ移った性の売買

売春宿が姿を消したあと、性の売買は、カラオケ店、マッサージ店、ビアガーデン、ナイトクラブなど、娯楽施設で働く女性を通じて行われることが多くなったとされます。こうした「エンターテイメント・ワーカー」と呼ばれる女性たちは、店の従業員として働きながら、客と個人的に交渉して性的サービスを提供することがあります。働く場所が分散し、見えにくくなったことで、HIVの予防や検査の取り組みが届きにくくなったという指摘もあります。

HIV対策の成功と課題

カンボジアは、1990年代にHIVの感染が急速に広がった国でしたが、売春宿で働く女性を対象に「コンドーム100%使用」の取り組みを進めた結果、感染の拡大を大きく抑えることに成功しました。タイで始まったこの取り組みは、売春宿という「管理しやすい場所」があることを前提にしていました。2008年の法律で売春宿がなくなると、この前提が崩れ、性感染症の対策は新たな方法を求められることになりました。

子どもの性的搾取への取り組み

カンボジアでは、外国人による子どもの性的搾取が大きな問題となり、国際機関や非政府組織、各国の警察が協力して取り締まりを強化してきました。日本人を含む外国人が、カンボジアで子どもに対する性的搾取で逮捕された例もあります。日本の法律では、日本人が国外で18歳未満の子どもを買春した場合も処罰の対象になります。

「救出」と「処罰」の境目

カンボジアの経験は、人身取引の対策が、かえって働く人を傷つけることがあるという教訓を残しました。人身取引の被害者を救うことと、自分の意思で働く人を取り締まることは、本来は別のことです。しかし、一斉摘発の現場では、その区別があいまいになりやすく、救われるはずの人が収容され、暴力を受けるという事態が起きました。被害者を本当に守るためには、働く人自身の声を聞き、支援につなげる仕組みが欠かせません。

日本との比較

日本の売春防止法も、売春そのものよりも、勧誘、あっせん、場所の提供、管理などを処罰の中心に置いています。この点で、カンボジアの2008年の法律と構造は似ています。違いは、カンボジアの法律が人身取引の対策と一体になっており、施行の過程で大規模な摘発と収容が行われたことです。法律の目的と運用のずれが、働く人に大きな影響を与えた例といえます。

旅行者が知っておきたいこと

医師からひとこと

どの国でも、性的な接触ではコンドームの使用が予防の基本です。海外での性的な接触のあとは、症状がなくてもHIVや梅毒の検査を受けることをおすすめします。気になる症状が出たら、帰国後に泌尿器科や性感染症内科を受診し、渡航先を伝えてください。

参考資料

T
Dr.Taro

性感染症内科医。YouTube「性病医 Dr. Taro」で性の健康について発信中。