CULTURE

メキシコの性風俗事情:国は罰しない、州と市が決める、ティフアナの「健康カード」

執筆・監修:Dr.Taro(性感染症内科医)|2026年10月9日

メキシコでは、連邦の刑法は売春そのものを処罰していません。売春をどう扱うかは、州や市の条例に委ねられており、売春を登録制で管理する地域もあれば、条例で取り締まる地域もあります。アメリカとの国境の町ティフアナでは、働く人が健康カードを持ち、定期的に性感染症の検査を受ける仕組みが知られています。首都メキシコシティでは、セックスワーカーの権利を認める方向での動きが続いてきました。この記事では、地域によって大きく異なるメキシコの制度を、法律や研究、報道をもとに解説します。

連邦の法律の基本

ティフアナの「北の地区」と健康カード

アメリカのサンディエゴと国境を接するティフアナには、「ソナ・ノルテ(北の地区)」と呼ばれる歓楽街があります。この地区では、性的サービスを提供する人が市の保健当局に登録し、定期的に性感染症の検査を受けて、健康カードを持つことが求められてきました。働く人は、求められれば健康カードを提示しなければなりません。

ティフアナの歓楽街には、国境を越えてアメリカから訪れる客も多く、アメリカの研究機関や司法当局も、性感染症や人身取引の調査を行ってきました。アメリカ司法省の資金で行われた調査は、ティフアナで性的搾取を目的とした人身取引の被害を受けている人がいることを報告しています。合法的に登録して働く人がいる一方で、登録の外で搾取されている人もいるのが現実です。

メキシコシティの動き

首都メキシコシティでは、2014年に裁判所が、路上で働くセックスワーカーを「給与を受けない労働者」として認め、市に対して身分証明書を発行するよう命じた判断が注目されました。さらに、市の議会は、市民の行動に関する条例から、売る人と客の両方を処罰しうる規定を削除する改正を可決したと報じられています。セックスワーカーを取り締まりの対象ではなく、権利を持つ働き手として扱う方向への動きです。

歴史:管理売春の伝統

メキシコでは、19世紀後半から20世紀前半にかけて、売春を登録制で管理する制度がとられていました。働く女性は登録され、健康診断を受けることが義務づけられていました。その後、管理制度は廃止の方向に向かいましたが、一部の地域では、登録や健康カードの仕組みが形を変えて残ってきました。ティフアナの制度は、こうした管理売春の伝統の延長線上にあるともいえます。

暴力と人身取引

メキシコでは、麻薬カルテルなどの犯罪組織が、性的搾取を目的とした人身取引に関わっていることが指摘されています。女性に対する暴力や殺害も深刻な社会問題となっており、セックスワーカーやトランスジェンダーの女性は、特に暴力の被害を受けやすいとされています。人身取引の対策を強化する法律が、自分の意思で働く人まで取り締まりの対象にしてしまうという批判もあります。

地域ごとの違いがもたらすもの

地域ごとにルールが異なることには、良い面と悪い面があります。地域の実情に合わせた対応ができる一方で、働く人や客にとっては、どこで何が許され、何が禁止されているのかが分かりにくくなります。登録制の地域から、取り締まりの厳しい地域へ移れば、同じ働き方でも違反になることがあります。国としての統一した考え方がないことは、働く人の権利を守るうえでの課題にもなっています。

統一した考え方づくりが課題です。

日本との比較

日本の売春防止法は、売春を「してはならない」と定め、国全体で一つの法律が適用されます。メキシコでは、連邦は売春そのものを処罰せず、地域ごとにまったく異なるルールが存在します。ティフアナのように登録と健康カードで管理する地域がある点は、日本にはない特徴です。

旅行者が知っておきたいこと

医師からひとこと

健康カードを持っている相手でも、性感染症のリスクはゼロではありません。どの国でも、コンドームの使用が予防の基本です。海外での性的な接触のあとに気になる症状が出たら、帰国後に泌尿器科や性感染症内科を受診し、渡航先を伝えてください。

参考資料

T
Dr.Taro

性感染症内科医。YouTube「性病医 Dr. Taro」で性の健康について発信中。