薬物とセックス「ケムセックス」の危険:性感染症内科医が見てきた現実
セックスの快感を高める、長時間続ける、不安や羞恥心を消すといった目的で、薬物を使いながらセックスをすることを「ケムセックス」と呼びます。もともとは、ヨーロッパの男性同性愛者のコミュニティで問題になった言葉ですが、現在は性的指向を問わず、日本を含む世界中で問題になっています。性感染症内科の外来でも、薬物とセックスが結びついたことで深刻な結果に至った人を診ることがあります。この記事では、どんな薬物がどんな危険をもたらすのかを解説します。使い方や量は書きません。
どんな薬物が使われるのか
- 覚醒剤(メタンフェタミン):性欲を高め、疲れを感じさせず、長時間の性行為を可能にするとされます。強い依存性があり、日本では所持や使用で重い刑罰の対象です
- GHB・GBL:少量で酩酊感と性的な高揚をもたらすとされる液体の薬物です。日本では麻薬などとして規制されています。後で述べるように、命に関わる危険が非常に大きい薬物です
- 合成カチノン類:覚醒剤に似た作用をもつ合成薬物で、海外のケムセックスでよく使われます
- 亜硝酸エステル類(いわゆるラッシュ):吸入すると血管が広がり、肛門の筋肉がゆるむとされます。日本では指定薬物として、所持や使用も禁止されています
- アルコールと大麻:最も身近な「セックスと結びつく薬物」です。日本では2024年の法改正で、大麻の使用そのものも処罰の対象になりました
命に関わる危険
GHBの過量摂取
GHBは、効果が出る量と、意識を失ったり呼吸が止まったりする量の差がとても小さい薬物です。アルコールと一緒に使うと危険はさらに高まります。意識を失った人がその場に放置され、亡くなる事故が海外で繰り返し報告されています。
心臓と血圧
覚醒剤などの興奮作用のある薬物は、心拍数と血圧を急上昇させ、不整脈、心筋梗塞、脳出血を引き起こすことがあります。また、ラッシュなどの亜硝酸エステル類とED治療薬を一緒に使うと、血圧が急激に下がり、命に関わります(マスターベーション中の死亡事故)。
脱水と横紋筋融解症
長時間の性行為、睡眠不足、飲まず食わずの状態が重なると、脱水や体温の上昇、筋肉が壊れる横紋筋融解症を起こし、腎不全に至ることがあります。
性感染症のリスクが跳ね上がる
性感染症内科医として最も強調したいのがここです。薬物を使ったセックスでは、性感染症のリスクがさまざまな理由で高くなります。
- 判断力が落ち、コンドームを使わなくなる
- 複数の相手と、長時間にわたって性行為をすることが多い
- 長時間の摩擦で粘膜に傷ができ、ウイルスや細菌が入りやすくなる
- 注射で薬物を使う場合、注射器の使い回しでHIVやC型肝炎が直接うつる
海外の調査では、ケムセックスをする人のHIVや梅毒、C型肝炎の感染率が高いことが繰り返し報告されています。HIVに感染する前に予防薬を飲む「PrEP(プレップ)」という方法もありますが、PrEPはHIV以外の性感染症は防げません。
同意のないセックスは犯罪
アルコールや薬物で正常な判断ができない状態の人と性行為をすることは、2023年に改正された刑法の「不同意性交等罪」に当たります。相手が「いいよ」と言ったとしても、酩酊していれば有効な同意とはいえません。また、相手の飲み物に睡眠薬などを混ぜて意識を失わせる手口の事件も起きています。飲み物から目を離さない、知らない人から渡された飲み物を飲まないことも、自分の身を守る方法です。
依存という問題
薬物とセックスが結びつくと、「薬なしではセックスができない」「セックスのために薬を使いたくなる」という依存の悪循環に陥りやすくなります。性的な快感という強い報酬が、薬物への欲求をさらに強めるためです。薬物をやめた後も、セックスの場面が薬物を思い出させる引き金になり、回復を難しくします。
やめたい、相談したいと思ったら
- 各都道府県の精神保健福祉センターでは、薬物の問題について本人や家族の相談を受け付けています
- 依存症の専門外来がある医療機関では、治療を目的とした相談ができます。医療者には守秘義務があります
- 同じ悩みをもつ人どうしの自助グループや、回復支援施設もあります
命を守るために知っておいてほしいこと
- 意識がない、呼びかけに反応しない、呼吸がおかしい人がいたら、すぐに119番に通報する
- 意識のない人を一人にしない。吐いたものが詰まらないよう、横向きに寝かせる
- 救急隊には、使った可能性のある物質をそのまま伝える。正確な情報が命を救います
こんな症状があれば受診を
薬物を使ったセックスのあとに、排尿時の痛み、肛門や性器のできもの・痛み、発疹、発熱が出た場合は、性感染症の可能性があります。泌尿器科や性感染症内科を受診してください。HIVの感染リスクの高い行為から72時間以内であれば、感染を防ぐ薬(PEP)を使える場合があります。すぐに医療機関に相談してください。