CULTURE

スイスの性風俗事情:80年以上合法の国と、チューリッヒの「セックスボックス」

執筆・監修:Dr.Taro(性感染症内科医)|2026年10月8日

スイスでは、成人どうしの合意にもとづく売春は、1942年に現在の刑法が施行されて以来、80年以上にわたって合法です。ヨーロッパでも早くから売春を認めてきた国のひとつで、その管理の仕方は州(カントン)ごとに違います。中でも世界の注目を集めたのが、チューリッヒ市が設けた、車で乗り入れて利用する「セックスボックス」です。この記事では、スイスの制度と、チューリッヒの取り組みを、連邦や市の資料をもとに紹介します。

合法だが、ルールは州ごとに違う

スイスには、売春だけを定めた連邦の法律がありません。そのため、売春をどう管理するかは各州に任されています。ただし、州は連邦法の趣旨に反するルールを作ることはできず、売春を全面的に禁止したり、事実上できなくするほど厳しく制限したりすることはできないとされています。多くの州では、働く人の届出、店の営業許可、営業できる地域や時間などを、それぞれの法律や条例で定めています。

2021年には、スイスの連邦最高裁判所が、売春の契約はもはや「公序良俗に反する」とはいえないとして、セックスワーカーが合意した報酬を法的に請求できることを認める判断を示しました。売春を「仕事」として扱う方向へ、司法の考え方も変わってきています。

外国から働きに来る人と「90日ルール」

スイスで働くセックスワーカーの多くは外国籍だといわれます。EUやEFTAの国籍をもつ人は、1年のうち90日まで、許可ではなく届出の手続きだけで働くことができます。この短期の届出制度が、東欧などから短期間働きに来る人の受け皿になっています。一方で、仲介者に借金を負わされたり、搾取されたりする人がいることも、連邦政府の報告書で問題として取り上げられてきました。

チューリッヒの「セックスボックス」

チューリッヒ市では、かつて中心部に近いジールクアイという通りで路上の売春が行われていましたが、住民からの苦情や、働く女性への暴力、搾取が深刻な問題になっていました。そこで市は、路上売春の場所を郊外のアルトシュテッテン地区に移し、2013年8月26日に専用の施設「シュトリッヒプラッツ(路上売春の広場)」をデポーヴェークに開設しました。

市の報告では、開設後、ジールクアイから路上売春が姿を消し、住民の苦情はほとんどなくなり、ボックスでの大きな暴力事件も起きなかったとされています。一方で、施設が郊外にあるため客が減り、働く女性の収入が下がった、人目につかない別の場所での売春が増えた、という指摘もあります。

北欧モデルの議論はスイスにも

スイスでも、スウェーデンのように買う側を処罰する北欧モデルを導入すべきだという議論があります。しかし、これまでのところ連邦レベルでは採用されておらず、合法化を前提に、働く人の保護と人身取引の取り締まりを強化する方向が続いています(世界の性ビジネスの現状)。

セックスボックスのその後

チューリッヒのセックスボックスは、当初は試験的な取り組みとして始まりましたが、運営の期間が延長され、その後も続けられてきたと報じられています。路上売春を完全になくすことはできないという前提に立ち、場所を限って安全を確保するという考え方の、代表的な例になっています。

日本との比較

日本では、路上での売春の勧誘は売春防止法で処罰の対象で、近年も東京の公園周辺で客待ちをしていた女性たちが摘発されたことが報じられています。スイスは、路上売春の存在を認めたうえで、安全な場所に誘導するという、正反対の発想をとっています。

旅行者が知っておきたいこと

医師からひとこと

チューリッヒのセックスボックスの例は、売春を「なくす」のではなく「安全に管理する」ことで、暴力や健康被害を減らそうとする、公衆衛生的な発想の取り組みです。どの国でも、性的な接触ではコンドームの使用が予防の基本です。帰国後に気になる症状が出たら、泌尿器科や性感染症内科を受診し、渡航先を伝えてください。

参考資料

T
Dr.Taro

性感染症内科医。YouTube「性病医 Dr. Taro」で性の健康について発信中。