カーマ・スートラとは?「体位の本」ではない、古代インドの恋愛と生き方の書
「カーマ・スートラ」と聞くと、アクロバティックな体位がたくさん載った本を想像する人が多いかもしれません。しかし実際のカーマ・スートラは、性の技術だけでなく、恋愛、結婚、人づきあい、教養までを含めた、古代インドの「よく生きるための手引き書」です。この記事では、カーマ・スートラが書かれた背景と中身、世界に広まった経緯、そして現代の目で読むときの注意点を紹介します。
いつ、誰が書いたのか
カーマ・スートラは、ヴァーツヤーヤナという人物が古代インドの言葉サンスクリット語でまとめた書物です。成立時期ははっきりしませんが、おおむね3世紀ごろ(2〜4世紀の間)と考えられています。ヴァーツヤーヤナ自身は、それ以前にあった性愛についての知識を整理し、まとめ直したと書いています。
「カーマ」は愛や欲望、快楽を、「スートラ」は簡潔な文で教えを記した書物を意味します。つまり「愛と快楽についての教え」といった意味のタイトルです。
人生の3つの目的と「カーマ」
古代インドでは、人生には3つの目的があると考えられていました。
- ダルマ:宗教的・道徳的な義務
- アルタ:財産や社会的な成功
- カーマ:愛や快楽
カーマ・スートラは、この3つのバランスをとって生きることを説いています。快楽は否定されるべきものではなく、人生に欠かせない目的のひとつとして、きちんと学ぶ価値があるものとされていたのです。性を恥ずかしいものとして避けるのではなく、教養として学ぶという姿勢は、現代の私たちにとっても示唆に富んでいます。
7部構成の中身
カーマ・スートラは全7部で構成されています。性的な結合を扱うのはそのうちの1部だけです。
- 総論:人生の目的、学ぶべき教養、洗練された都会人の暮らし方
- 性的な結合:抱擁、キス、愛撫、体位など、性の技術
- 妻を得ること:求婚や結婚までの進め方
- 妻について:結婚生活、家の切り盛り
- 他人の妻:既婚女性との関係について
- 遊女について:高級遊女の生き方や客との関係
- 魅力を高める方法:薬やまじないなど、人をひきつけるための方法
第1部では、音楽、舞踊、絵画、料理、詩、花の生け方など「64の技芸」を身につけることが勧められています。カーマ・スートラが理想としたのは、性の技術だけに長けた人ではなく、教養と洗練を備えた魅力的な人間だったといえます。
世界に広まったきっかけ
カーマ・スートラが世界的に知られるようになったのは、1883年にイギリスで英訳が出版されてからです。翻訳したのは、探検家として知られるリチャード・バートンと、インド駐在経験のあるフォスター・フィッツジェラルド・アーバスノットたちでした。
当時のイギリスは、わいせつな出版物を厳しく取り締まっていました。そこで彼らは「カーマ・シャストラ協会」という団体を立ち上げ、「会員だけに配る私家版」という形をとって出版しました。扉には印刷地として「ベナレス(インドの都市)」と記されていますが、実際の印刷はイギリスで行われたとされています。この英訳は海賊版を含めて広く出回り、カーマ・スートラ=東洋の神秘的な性の書、というイメージが定着していきました。
現代の目で読むときの注意点
カーマ・スートラは、約1700年以上前の、特定の階層の男性の視点で書かれた書物です。そのため、現代の価値観とは合わない記述も含まれています。
- 男女の役割について、当時の身分制度や家父長制を前提にしている
- 他人の妻を誘惑する方法など、現代では倫理的に問題のある内容がある
- 相手の同意についての考え方が、現代の性的同意の基準とは異なる部分がある
- 媚薬やまじないなど、医学的根拠のない方法が書かれている
一方で、女性にも快楽を得る権利があること、相手の気持ちをよく観察し、急がずに関係を深めることなど、今読んでも通じる考え方も多く含まれています。歴史的な文献として、その時代背景を踏まえて読むのがよいでしょう。
よくある誤解:寺院の彫刻との混同
インド中部のカジュラーホーの寺院群には、男女が抱き合う姿を含む彫刻が数多く残っており、「カーマ・スートラの寺院」と紹介されることがあります。しかし、これらの寺院が建てられたのは10〜11世紀ごろで、カーマ・スートラの挿絵として作られたものではありません。また、カーマ・スートラの原典には、もともと挿絵はありませんでした。のちの時代の写本や、近代の出版物に添えられた絵が、「カーマ・スートラ=絵で見る体位集」というイメージを強めたといえます。
医師からひとこと
カーマ・スートラに載っている体位の中には、体のやわらかさや筋力が必要で、無理をするとケガにつながるものもあります。体位はあくまで二人が心地よく、安全に楽しむための工夫です。腰痛がある人や妊娠中の人の体位の選び方は、セックスの体位、医師が考える選び方で解説しています。そして、本の内容にかかわらず、どんな行為にもお互いの同意が欠かせないことは、改めて強調しておきます。